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2019年9月

2019年9月10日 (火)

草刈り

今日は早朝より草刈り、今日は暑くなるとの予報につきなるべく早いうちにと。ビーバー燃料満タン草刈り開始。前回はいつ刈ったのだろう?一ヶ月少し前くらいか?雑草だけはどんな環境でも元気に育つ、野菜を育てることから見れば羨ましい!これから山奥のこの地は急速に寒くなってくるので今年の草刈りがこれが最後となることを祈る。山奥の畑、田は斜面が(いわゆるのり面の傾斜)が多くて大変だ。それでもここ4日間くらい毎日少しづつ刈ってきて今日でひと段落、これをシーズン中に4〜5回やる。老人にはだんだん堪えるようになってきた。

そしてこの刈り草を4〜5日そのまま乾かす。それを全部集めて堆肥に積む、これが再来年の堆肥になる。いわゆる有機農法の肥料です。昔はみんなそうしてたものですが今はこの山村でもこのように刈り草を堆肥に使う人も余りいない。時間があって金のない私にはあっている。が結構大変だ。

こうして今日の農作業が終わる。今日もこうして元気に働けることに感謝します。

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趣味(3)音楽ーその(2)

それ以外にはショパン、ブラームス、シューベルト、ビバルディ、チャイコフスキー、ハイドンなどを聴いていました。そして年数回コンサートに行きます。コンサートもそのうち室内楽を小ホールで聞くのが好きになり文化会館の小ホールが好きでした。室内楽のコンサートは大ホールでの割とポピュラーな曲に比較するとマイナーで聴衆も本当にクラッシックが好きな人が多いように感じました。曲が終了した時のホール全体をつつむ沈黙感が最高でした。みんなの気持ちが演奏に、曲に集中してその研ぎ澄まされた沈黙が、精神がホール全体を支配していました。そして30歳代後半にバッハにたどり着きます。これには後で趣味、絵画のところで登場するK先生との出会いが影響していると思いますがそれについてはまた後日。

バッハは最初宗教曲から入りました。カラヤンのマタイ受難曲、ミサ曲ロ短調、そして無伴奏チェロ、無伴奏クラヴィア等へ。彼の時代には当然求められたものだと思いますが形式に厳格な計算され尽くされたようなメロディに段々と惹かれて行きました。所謂ヨーロッパの形式美的な、そしてそこからくる緊張感が自分の精神を清めてくれます。武満さんが「音沈黙とはかりあえるほどに」?だったか著作がありますが優れた音楽はいつも沈黙と並行して流れており音が止まると沈黙だけが残る。と言う感じでしょうか?確かピカートに「沈黙の世界」と言う本がありましたが彼の言う全てに満ち足りているような充満した沈黙の世界があるように思います。

これで音楽についてを終わります。こうしてクラッシックの道に導いてくださった神に感謝します。「人間を豊かにするのは主の祝福である。人間が苦労しても何も加えることはできない。」箴10:22

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趣味(3)音楽ーその1

私とクラッシック音楽との出会いは18歳の時でしょうか。

私の勤務地の近くの学校に通っている高校の同級生がいました。その学校に通っていることは知りませんでしたがある日会社を出た時バッタリ彼に会いました。それでお互いのことを知りました。彼は高校の時私の隣の席でしたがそれほど話をした中でもありませんでしたが、お互い東京に出てきてまだ間も無くどこか寂しさはありましたからそれからは毎月2回ほどは飲むようになりました。私の給料日と彼の給料日です。そこでの話の中でクラッシックの話が出ました。彼は一人暮らしの叔父さんと住んでましたがその叔父さんがクラッシックフアンでした。その影響か彼もクラッシックについて一応の事を私に話します。一度叔父さんのところに遊びに来いと言う事でお邪魔しました。立派なオーディオがありバッハを聞かせてくれました。私は即座にオーディオが欲しくなり、そんな話をしていると叔父さんが現金で一括で買った方が安くなるからとお金を貸してくれることになりました。確か10万円位だったと思います。(その頃の私の月給は2万円でした)それをボーナス何回かで払えば良いと言うことでした。喜び勇んで当時の私には分不相応のオーディオを買いました。そして最初に買ったレコードがベートーベンの第九でした。ロマンロランの第九交響曲と言う本も読んでいましたし、ベートーベンの生涯も読んでいましたから迷いはありません。ただ当時クラッシックのレコードは一枚2千円以上しましたから私には給料の一割、高い買い物でした。しかし逆に月に2枚も買えないので毎日そのレコードを聴いていました。盤が傷んで数年後同じレコードを買い直すほど聞きました。それが良かったです。同じレコードを毎日聞くのでかなりのメロディを暗記して口ずさむことができました。また合唱の部分の歌詞はドイツ語ですがロランの本を読んでいたので日本語で理解することが出来ました。多くの日本人が年末になると第九のコンサートに行くと言うのもわかる気もします。私も最初のコンサートはその年の暮れの上野の文化会館で第九を聞きました。感動で涙が溢れたことをよく覚えています。それから月に一枚くらいのレコードを買って何度も何度も聞きました。ベートーベンの他の交響曲、室内楽、宗教曲、それからモーツァルト、あの小林秀雄が「疾走する悲しみ」と言ったとか言う40番、そしてジュピターと言われる41番、室内楽、オペラ、宗教曲、モーツァルトの天上の音楽と言われるあの何とも言えない軽やかさが大好きでした。後年お金に余裕が少し出てきた時にはモーツァルトの全曲のCDを揃えたほどです。魔笛、フィガロ、レクイエム、ピアノ協奏曲、好きな曲は沢山あります。また、作曲家、楽曲に関する本もよく読みました。

やっぱり長くなります。今日はこの辺で。感謝!

2019年9月 9日 (月)

趣味(読書)ーその3

 その後しばらく三島由紀夫に傾注しました。彼の割腹自殺は昭和45年だったかと。彼の自殺のニュースを聞いて泣いていた友がいました。彼も川端とは違う耽美主義者であったかと?彼の作品で最も記憶に残るのは丁度市ヶ谷の自衛隊で割腹自殺を図る前に完成されたと言われる「豊穣の海」4部冊でした。本の装丁も大変美しかったです。ピユアな恋愛小説とでも言える第1巻の「春の雪」本当に美しい恋愛です。そしてそこから始まる輪廻転生の物語それぞれの巻に主人公が出てきますがその主人公は第1巻の主人公が輪廻転生し生まれ変わった者そして4巻を通じて出てくる本田さんはそれぞれの立会人とでも言いますか?そして圧巻は最終の場面のお寺でその本田さんが直面するのは今までの全てを否定するような、何もなかったのごとくするような、何も無い世界に自分がいると言う終末。仏教の無、とか空と言うような世界。全てがあるのに何も無いと言うような世界です。これを読み終えた時衝撃でした。しばらく呆然としたのを覚えています。三島の辞世の句は「益荒男がたばさむたちの鞘なりに幾年耐えて今日の初霜」だったでしょうか?全て記憶の世界なので間違っていたら失礼!

そして辻邦夫もほとんど全て読みました。特に「嵯峨野明月記」「背教者ユリアヌス」などが好きです。彼の少し神秘主義的な作品に惹かれました。あとは日本の作家で特に読んだのは漱石、遠藤周作などなどです。

そしてこれらの読書生活の中でもずっと精神界に関心が深く、仏教関係の本、道元についての学び、犬飼さんの「新約聖書物語」などはずっと読み続けていました。これらが長じてやがて聖書に行き着き現在の愛読書といえば聖書です。よく無人島に一冊の本を持っていくとしたらと言う質問がありますが、現在は何と言っても聖書と答えるでしょう。この辺のところはまた書きます。

どうも書き出すと長くなります。ある意味一生を振り返っていますので。読書についてはこの辺で終わりにしておきます。続いて音楽について書きます。長くなって、もし読んでいてくださる方がいたら退屈かと思いますがお許しを!

趣味(2)読書ーその2

ヘッセはヨーロッパの人ですが作品はどこか東洋的で好きでした。特にインドの影響を受けているようで仏教的な作品もあり、また神秘主義的な匂いもありました。晩年はスイスの山奥の湖畔で農業、庭仕事を過ごしたようですが少なからず私の選択にも影響を与えています。庭仕事の楽しみは少し私の農業にも影響しているかも知れません。その中で庭仕事は瞑想であると言ってます。その頃の読書の中心はヨーロッパ文学でしたが、学生運動が盛んな頃でその頃の学生の多くの人が高橋和巳を愛読しており私も「我が心は石にあらず」とか「我が解体」とか、その他結構夢中になって読みました。その中の一冊の開きに副題的に「偽善なるかなファリサイ人よ」と書いてあったのをなぜか記憶に残っておりその頃はなんのことか知りませんでしたが、やがてそれが聖書に登場するファリサイ人だとわかります。少しそれますがその夫人が高橋たか子さんだと思いますが、この頃から30年後くらいに彼女の本を読むと彼女は熱心なクリスチャンになっており「土地の力」などいくつかのキリスト的な著作があり読みました。この辺にもやがて私が聖書に惹かれていく伏線が張られていたのかもし知れません。

そして日本文学へ。20代半ばくらいから日本文学に傾注します。最初にハマったのは川端康成でした。ノーベル文学賞を取った後であったことも影響していくかも知れませんが、彼の美意識に感動しました。繊細な美意識は確か彼も小さいうちに親と別離していると記憶してますが、自分の生い立ちと重ねこの繊細な美意識はきっと小さいうちの大きな悲しみから来ているのだろうと思いました。確か作品の中に「悲しいほどに美しい声だった」と言う文があったかに記憶してますが、彼の美意識はどこか悲しみと言う感情に深く結びついているかと。美の最大の修飾語に「悲しいほど」と言う語を使う感性に多いに惹かれたものです。「美しい日本の私」「竹の声桃の花」などを通し私の感性も磨かれたと思います。でもあまり繊細になるのは人に感じない美まで感じその分幸せとも言えるしまた人に感じないことまで感じて辛いこともありその両面です。そして彼もやがて自殺しましたね。

ヤッパリ長くなります。次回は日本文学の続きを書きたいと思います。こうして今日も書き綴ることのできる恵みに感謝します。感謝!

2019年9月 8日 (日)

趣味(2)読書ーその(1)

趣味のうちの読書についてブログします。

私の高校時代は余り読書好きではありませんでした。ただ2年の頃から生徒会を通じて知り合った仲間、男女5、6人で哲学的命題(?)について話し合うのが好きでした。愛するとは?、信じるとは?人間とは?等々よく果てしなく議論したものです。別に部活とか言う訳ではないので、顧問の先生と言う訳ではなく隣のクラスの30歳代の先生が話し合いに加わってくれました。夏休みなど先生の家に泊まり込みで議論したものです。私の高校時代から将来に亘り一番影響を受けたのはこの先生でした。今あるのもこの先生のおかげかと思うしお陰で迷い道にはまり込んだとも言えます。この時代で記憶に残るのは「我思うゆえに我あり」「人間は考える葦である」などと、石川啄木のいくつかの詩です。高校卒業してから私は殆ど自称「文学青年」でした。私は会社に通いながら夜間の大学に通い独身寮に住んでいました。一年の時は丁度学生運動が盛んな時代で休講が多かったです。御茶ノ水の大学界隈は毎日学生運動が繰り広げられていました。学生運動により東大の入試が無かった歳です。

社会人生活がスタートして会社からは新聞を必ず取り読むように言われました。それで最初は日経新聞を取ってましたが通勤電車で新聞読む時間が勿体無いと3カ月程で辞めました。そして通勤時間はもっぱら読書に集中する時間となりました。その頃土曜日は4時頃には仕事が終わりました。真っ直ぐ寮に帰ってすぐ寝ます。19時頃起きて夕飯、風呂に入って21時頃から寮の図書館で読書朝方4時頃まで読書に集中します。それからそっと部屋に入って寝ます。(200人ほど寮生がいる寮でしたので朝夕の食事付き、風呂も大きく快適でした。ただ入社して5年位は2人部屋なのが難点でした。)

この頃はもっぱらヨーロッパ文学にはまっていました。最初の大作はロマンロランの「魅せられたる魂」そして「ジャンクリストフ」「ベートーベンの生涯」など、そしてゲーテ、トルストイ、ドフトエフスキー、ヘルマンヘッセへと1人の作家の本が気にいるとその作家ばかり読みました。そしてその作家の作品を読み続けているとその作家が作品を通して別の作家を紹介してくれます。例えばロランがトルストイを紹介してくれます。すると大好きなロランが言うのだからとトルストイを読み続けると言う具合です。もちろん作曲家も紹介してくれます。ベートーベン、モーツァルトとか。ヨーロッパ文学は何が好きかって?それは精神の緊張感です。こちらも精神を集中させ真剣に本に向かわないと自分に入ってきません。そして分厚い本3冊くらいで一つの作品でありそれを読み終わった時の精神の充実感はたまりません。残り一時間くらいで読み終えられるところまで来たら夜中の2時くらいまで取っておいてそれから読みます。東京でもそれくらいの時間になると世の中も静まってきてその静けさの中で最後の一時間くらいを集中して本に向かいます。読み終わった時の快感はなんとも言えません。一度などはあまりにも精神が研ぎ澄まされすぎて、もしかしたらこのまま死ぬのでは無いかと感じたくらいです。

ヤッパリ長くなります。今日はこれくらいでまた続き書きます。充実した青年期の読書生活に感謝!

2019年9月 7日 (土)

ブログのタイトル

ブログのタイトルを少し変えて見ました。もともと山の暮れにも人生の暮れ時とかけてつけてみましたが、どうも当たり前すぎると思えてきて…。それで書いている記事も今までの人生を振り返ったり、この年まで色々のことを(山、音楽、読書、渓流釣り、農業、宗教、聖書…etc)自分なりに一生懸命学んできたことであり、それらを統合して人生の晩年に思うことを記事にしていこうと思っているので、ちょっとキザかなとは思いますが副題的に辞世の詩と付け加え「山の暮れにー辞世の詩」と変更しました。芭蕉も自分は句を全て辞世の句との思いで作ったと言ったとか?私もそんな心構えで書けたら良いなと思う姿勢で取り組みます。年寄りがこの世に残すもの、人知れない山村の百姓にこんな爺さんがいたか、と。ポツンと一軒家では無いけれど「ポツンと1人の老人」と言う感じで…。🤗

趣味(1)山ーふろく

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私だけの礼拝堂からのアルプス。毎朝ここで祈りを捧げます。(下のしゃしん)

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趣味(1)山ーその4

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私がひたすら山を愛した時代、少なからずの人は山に精神的な何かを求めていた。何故山に登るのと問われ「そこに山があるから」と答えた有名な言葉がありましたが、少なくとも私にとって山は単なるレクレーション、スポーツ、趣味と片付けられないものでした。まず、幼くして傷ついた心の癒しでした。そして思索であり、また一種の修行でした。確か串田の孫ちゃんに「山への愛と思索」とか言う散文集があったかと。また尾崎喜八も好きで彼のエッセイも山を思う時よく読みました。もちろん深田さんの百名山も。当時山と本による思索は深く結びついていたと思います。私はなぜ山に登るのと問われたら「そこに苦しみがあるから」とでも答えたか?或いは「汗とともにこの世の垢をぬぐい落とせるから」と答えたかも。単独行でテントまで背負うと2泊3日でリュックの重さは15〜20kgくらいになったと思います。背負うと腰にズシッとくるくらいの重さです。小さい頃父親、母親を続けて失い「諸行無常」が身に沁みていましたから私は山へ行く時は部屋の掃除をし、洗濯物を全部して、何かあっても恥ずかしくないようにして出発しました。登山口でバスを降りリュックを背負うと腰にズシッと来ます。その中を山道に足を踏み出します。今回の山への心配、不安、仕事のこと、好きな人のことなどが頭に浮かんでは消えまた浮かぶと言う時間を過ごします。30分で5分休憩を繰り返します。そうやって3時間4時間が過ぎ山の中腹から上に抜けて来る頃には最初考えていたような邪念は汗とともにぬぐい去られています。疲れも溜まって来てそんな雑事を考える余力も無くなっているのかも知れません。自分がそうやって空になって行きます。カッコよくいえば「無我の境地」ですか。そんな時、谷から吹いてくる風に当たる時直感的に「ああ、なんていい風なのだ」と感じます。本当にストレートに私の体に入ってきます。そしてさらに上に。道の端に小さな高山植物が可愛らしく可憐な花を咲かせてます。するとその花が「なんて可愛らしいのだ」とストレートに私のうちに入ってきます。それは前に書いた「よく見ればなずな花咲く垣根かな」の芭蕉の心境でしょうか。

この世にいながらこの世の垢が全てぬぐい去られたあの世にでもいるところで花を見ている、それはその花 にその花本来の美しさを見出した瞬間でしょうか。その花は神様が作られたままの姿でそこにいて造り主の栄光を表しているのでしょう。そう、私の山に登る目的はまさにこの時にあるのでした。それ故に単独行であり苦しみが必要でした。

テントサイトに着きテントを張り泊まりの準備が終わると、ウィスキーの小瓶を持って近くの岩に腰を下ろし少しいただきます。とにかく体は透き通るくらい綺麗になってますから少しで酔いを感じます。その状態でボーと山々の頂を眺め今日の行程をボーと思う。本当に至福のひと時です。だからヤッパリ単独行でないとダメでした。

これが私の山登り!「天は神の栄光を物語り 大空は御手の業を示す。話すことも、語ることもなく 声は聞こえなくても その響きは全地に その言葉は世界の果てに向かう。」詩篇19:2〜5とありますが神の懐に抱かれるひと時です。

山を愛するとは、自分の思い、自我を捨てて山に向かい合うこと。

これで趣味、山についてはひと段落とします。感謝!

2019年9月 5日 (木)

趣味(1)山ーその3

とそんな訳でただ1人気心知れた友人も山から遠ざかり以後また単独行が続きました。沢山の山を登りましたがここでは一々書き切れませんので割愛します。その後私も結婚、仕事もだんだん中堅の部類に入り忙しく、仕事の一部とも言えますがゴルフも覚え、付き合いゴルフもあり山からも少し遠ざかりました。50代始めこの山奥に庵を構えたGWに娘が友達を連れて遊びにきて、3人で家の前の山に登りました。海抜は1,680m強ですが北、南、中央、八ヶ岳と見え良い山です。下山して庭でBQ、丁度タラの芽の時期であり女房に天ぷらにしてもらい🍺、これがすっかり気に入ったようで、それまで山など見向きもしなかった娘が山に登るようになりました。2人で北アルプス、南アルプス、八ヶ岳、中央アルプスなど登りました。それまで家にいてもほとんど会話もしない父と娘でしたが、これらの山行を通じて少しは語り合えたかな?山が良いきっかけになりました。その娘も4年程前に結婚し一児の母となり山は休憩、私は元の単独行に戻りましたが歳も歳、最近は近隣の2000m強位までの山に時々登ります。娘と再開した山の時期は第2次登山ブームと言うのか、とにかくおばさん(失礼)が多い、また若い女性もファッショナブル、山小屋も綺麗になり、北アルプスの小屋に泊まった時など小屋の前の庭は銀座のビヤガーデンかと思うほどでした。それからみんな口数が多い!若かりし頃の山とはかなり異なる登山姿勢に、もう著名な山には登ることも嫌になっているのも事実です。新緑の頃、紅葉の頃のんびりと1人山に登りコーヒーを飲む、あたりにコーヒーの香りが漂う、そして下山1人充実した気持ちになり、ああ「今日1日王であることができた。」と喜びを噛みしめる。そんな山登りです。これで山ーその3を終わります。次回もう一回山の続きで、山に対する内面のこと精神面について書いて終わりにしたいと思います。

今日は天気も一日中ぐずついたはっきりしない日でしたので、いつもの日帰り温泉に1人浸かり、帰って来てこのブログを書きました。多くの恵みに感謝を捧げます。