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2023年9月 9日 (土)

図書館

図書館へ本を借りに行く。前にブログしたように私の本棚には、わずかな本を残し図書館に本は全て寄贈してしまったので、たまに読みたい本は図書館に借りに行く。先日法然についての本を読んだので今度は親鸞についての本を読みたいなと思い行く。館内に入ったら、シニアコーナーなる所が設けられていた。そこでこの老人興味を抱きサッと展示された本を見てみる。そしてその中から「老人の美学」と「わたしの芭蕉」と言う本を借りた。勿論加えて親鸞の本も。

早速老人の美学を開いてみる。全く面白くない。興味も引かない。大学教授の定年後だのスターの引退後だの上っ面な話と、この世の圧倒的に多くのサラリーマンの定年後の美学につながらない話で途中まで読んでギブアップ。「老人の美学」と銘打っているなら、私としてはこの多くのサラリーマン退職後の生き方の美学に触れてほしい。この大多数の老人の暮らし方、あるいは内面の問題に触れて、これだったら俺も、私も意思あれば取り組んでいける。そしてそんな風に美しく生きて、あるいは美しい晩年を求め続けてその途中でこの世とおさらばする、そんな内容がありがたかった。しかもこれ新潮社から出ている。

一方、わたしの芭蕉を少し読み始めてみる。こちらは小生の偏見かも知れないが、やはり「加賀 乙彦」もう引き込まれて行く。勿論、芭蕉の生き方には私も大変引かれており、この山里暮らしの根底にも芭蕉につながるものがあってのことでもある。また今までにも芭蕉の本、句には惹かれるものがあり、以前ブログにも芭蕉の句について記述したことも有る。これは幾日か読書に集中できそうだ。老人の精神生活に心に響く本とのひと時は内面の至福のひと時である。

もう一冊、信の人親鸞について学びたい。この4、5年「信じる」と言うことを、おりに触れ考え、学ぶ。この自我に凝り固まったわたしが信じ切る。愚直親鸞、法然も自分は愚か者だと言う。わたしももっと愚か者になりたいと思う。

老年になり尚読書が出来る。幸せなことだ!いつ来るか分からないその日まで、自分よ、出来ればボケないで欲しい。そして内面の美しさを求め続けて欲しい。

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