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2020年2月

2020年2月18日 (火)

蛍草:菜々の剣

NHKの土曜時代劇「菜々の剣」を楽しみに見ています。主人公の菜々を見ながら、武士の家に生まれながら父、母を早くに亡くし、いつかは父の仇を取ろうと心に強く秘め、へり下って他家の武士の家で奉公人として働く主人公にノルスタジーを感じながら、その凛とした生活姿勢、強い想いを内に秘めて生きる姿に、素敵だなぁ!、武士の時代には良いか悪いかは別にしても、小さい時から叩き込められた、武士の娘としての誇り、しつけを通し養われた慎ましくも強い心の人々が多かったんだろうなあ、今の時代の若いお嬢さんとは少し違うかなと思いながら、憧れとそのように育った背景にある社会、価値観、教育などに想いを馳せます。今の時代、美しい女性が沢山います。TVとか見ていても、ここにもここにも綺麗な女性が出てきます。そして強い女性も沢山います。相対的に強い男性は減少しているかと、勿論、それが悪いとか良いとか言うことではありません。しかし内面から輝き出るような慎ましく美しい人にはなかなか出会いません、勿論これも私の主観ですが…。

蛍草の様に野に何処にでも咲いていて、人の目に止められることもあまりなく、しかし造り主の造られた意図のままにそこにあり、心ある人にはソロモンの栄華より着飾って見え、作り主の栄光を現している。蛍草とは露草とも言われ、その一つひとつの花は朝に咲いて昼にはしぼむ短命の花だそうです。それ故に陽が登れば消える露のようであり露草と言われると。

2020年2月16日 (日)

わたしの正しい者は…

わたしの正しい者は信仰によって生きる。生きているとはなんでしょう?正しく生きるとはなんでしょう?私たちに生きている意味などあるのでしょうか?人はこの世に自分の計り知れないところからやって来ます。この世に生を受け、色々なこの世的知識、常識などを叩き込まれながら段々大きくなります。そして自我に目覚めた頃にはこの世の価値にかなり染まっています。そして社会に出てすっかりこの世に染まります。自分の価値観、人生観などと言っても所詮この世の常識、本などを通して身につけた自分にとって正しいと思う価値観に染まったものであり、実際のところ本当に正しいのかさえ分かっていません。そんな自分と言いながら実は自分では無いものに振り回されて1日1日を過ごしていきます。そして歳をとりやがてこの世を去ります。一生はかように虚しいものでは有りませんか?。表面的にはこのような生と同じように見えてまったく違う人生、それは信仰によって生きているか?です。ここで言う信仰とは宗教的なものに限りません。いわゆる絶対に譲ることのない信念を持っているか否かによるという事です。例えば西郷隆盛は「敬天人愛」を自分の信念としていました。賢治は「本当の幸せ」を求め続けて生きるのが信念だった。大臣になろうと、教授になろうと社長になろうとスターになろうと漁師になろうと百姓になろうとそれらは全て表面的なものであり、何であってもよい事であり大した違いもない。その人の表面上の問題ではなくその人が信仰を(信念を)持ってその日々の暮らしをしているか、それともその目に見える世界だけに生きているのか?。そしてその信仰がより普遍的、真理であるかである。「正しい者は信仰によって生きる」「義人はいない1人もいない」私は信仰によって生きる。

2020年2月 7日 (金)

町に住んで3ヶ月!

町に戻って3ヶ月になります。毎日規則正しい生活をしています。午前中はウオーキング、ストレッチに約2時間、午後は一休みして夕飯の準備。実質一人暮らしは田舎にいても町に来ても変わりません。ほとんど人とも会話をしません。私の友達は主、キリストだけです。それは寂しさ半分、幸せ半分です。聖書は毎朝読みます。この時間が幸せな時間です。感性を研ぎ澄ませば研ぎ澄ますほど、この世では1人になり神の国では神に近しくなります。残りの人生も毎日短くなって行きます。もはや何が正しいとか悪いとかより私の魂が主と共にいることだけを求めます。全ては御心のままに。そして御心にただ従順に暮らせますように!