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2019年12月27日 (金)

住む場所

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「わが民は平和の住みか、安らかな宿、憂なき休息の場所に住まう。」イザヤ32:18

私はどこに住まう時本当の平安を得られるのだろう。健康で家族と共に生活には困らないほどのお金がある所に住めば平安を得られるでしょうか?また、私の魂は何処に住まう時平安を得られるのだろうか?私が自分の魂の平安を求めない時、その時が平安なのでしょうか?そもそも多くの人は「魂の平安」など求めているのでしょうか?目に見える世界、物質的な世界が幸ならそれで良いのでは無いだろうか?でも有名なこんな言葉もあります。「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」と。パンと言うのは物質的な世界で満ち足りることであり、神の口からの言葉とは魂の世界のことでしょうか?今あるもので満足する事と自分を捨てて絶対的な拠り所に魂を委ね切ることが、平和の住みか、安らかな宿、憂なき休息の場所と言うことではないでしょうか?(吾唯足知…吾、唯、足るを知る。にもつながる心ですね)

写真はいつもウオーキングの帰りに寄る図書館です。手賀沼公園にあります。

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