趣味(2)読書ーその2
ヘッセはヨーロッパの人ですが作品はどこか東洋的で好きでした。特にインドの影響を受けているようで仏教的な作品もあり、また神秘主義的な匂いもありました。晩年はスイスの山奥の湖畔で農業、庭仕事を過ごしたようですが少なからず私の選択にも影響を与えています。庭仕事の楽しみは少し私の農業にも影響しているかも知れません。その中で庭仕事は瞑想であると言ってます。その頃の読書の中心はヨーロッパ文学でしたが、学生運動が盛んな頃でその頃の学生の多くの人が高橋和巳を愛読しており私も「我が心は石にあらず」とか「我が解体」とか、その他結構夢中になって読みました。その中の一冊の開きに副題的に「偽善なるかなファリサイ人よ」と書いてあったのをなぜか記憶に残っておりその頃はなんのことか知りませんでしたが、やがてそれが聖書に登場するファリサイ人だとわかります。少しそれますがその夫人が高橋たか子さんだと思いますが、この頃から30年後くらいに彼女の本を読むと彼女は熱心なクリスチャンになっており「土地の力」などいくつかのキリスト的な著作があり読みました。この辺にもやがて私が聖書に惹かれていく伏線が張られていたのかもし知れません。
そして日本文学へ。20代半ばくらいから日本文学に傾注します。最初にハマったのは川端康成でした。ノーベル文学賞を取った後であったことも影響していくかも知れませんが、彼の美意識に感動しました。繊細な美意識は確か彼も小さいうちに親と別離していると記憶してますが、自分の生い立ちと重ねこの繊細な美意識はきっと小さいうちの大きな悲しみから来ているのだろうと思いました。確か作品の中に「悲しいほどに美しい声だった」と言う文があったかに記憶してますが、彼の美意識はどこか悲しみと言う感情に深く結びついているかと。美の最大の修飾語に「悲しいほど」と言う語を使う感性に多いに惹かれたものです。「美しい日本の私」「竹の声桃の花」などを通し私の感性も磨かれたと思います。でもあまり繊細になるのは人に感じない美まで感じその分幸せとも言えるしまた人に感じないことまで感じて辛いこともありその両面です。そして彼もやがて自殺しましたね。
ヤッパリ長くなります。次回は日本文学の続きを書きたいと思います。こうして今日も書き綴ることのできる恵みに感謝します。感謝!
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