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2023年11月

2023年11月18日 (土)

明日帰ります。

今年の山里での一人暮らしも今日まで、明日都会に帰ります。折しも今日は雪が舞って冬の到来を告げています。寒いです。帰る準備もほぼ終わりこたつに入ってこれ書いています。今年は本当に色々あった8ヶ月でした。来年もまたここに元気に来れるかどうかは分かりません。神様だけがご存じで、人にはそれを知る力は与えられていません。この山里での一人暮らしの生活も、もう20年くらいになりました。なーんにも無いこの山里に今では愛着もあり1人静かな平安の中にいます。都会に行けばこの買い物にも30分は車で出て行かなくてはいけない山里とは違い全てが便利にはなりますが、平安はありません。環境に左右される程度の霊の平安では、まだまだ修行不足ですが、なかなか人間煩悩から脱却できず苦しいことです。でも目に見える世界が、例えば自分の老い、景色、様々な情報、環境等、どんなに変わろうと、その時々に心動かされながらも、やがて来るその時「よくやった、良い僕だ、さあ共に喜んでくれ」と言われるように、一点を目指し、求めてこの道を歩き続けて行けたらと思います。主よ、どうかお導きください。さようなら!山里の山々、今年の山里暮らし。そして何よりありがとうございます。神様。神のなさることは皆その時に適って美しいです!

2023年11月13日 (月)

山里にさようなら(2023)

今年の山里での一人暮らしも残すところ僅かとなりました。今年は例年より少し遅く11/19日に出発の予定です。毎年自分の車に野菜を沢山乗せ都会の自宅に向かいましたが、今年はもう73歳、高速道路を6〜7時間運転して行くのは不安になり車はこの山里に置いて帰ることにしました。(そんな考えもありこの春の車購入についても軽自動車を選択しました)

73歳、73歳を迎え1番大きいのは「老い」を感じることでした。もちろんこの何年か毎年老いが進むのを感じて来てはいましたが、今年は一段と老いを感じます。これからは益々、加速度的に老いが進むのだろうと思われますが、その加速度アップの出発点が73歳か?と言う感じです。

特に今年感じた老いについて。①明け方毎日のように脚が攣る。自称魔の3時と名付けましたが毎朝3時頃に脚が攣るようになりました。その都度起きて少し歩き回ったりして筋肉をほぐしまた寝ます。しかし、毎日起こると、まず就寝の時にまた明日の明け方攣るかと不安になる。そしてストレスが溜まる。寝不足にもなり寝覚めが悪い。②血圧が高くなった。今まで血圧は130以下で特に気にもしてなかったが、140台が出るようになった。自ずと脳梗塞等の不安が頭をもたげる。それで医者に行き降圧剤を飲むようになり、毎朝一錠が続いている。③居眠りで自損事故を起こした。居眠りなので自分では分からないまま認識が無いままガードレールに衝突した。毎朝の痙攣やらで寝不足になっていたとは思うが、今までなら運転中あくびとかしても眠ることは無かったが、フッと瞬間に眠りに落ちたと思われる。これは自分で認識ないまま事故っており、運転を続けるのに大変な不安となっている。それもあって高速で帰るのをやめることになった。④物忘れは一段と進む。目的地に着いて何をしに来たのか忘れている。⑤作業中の間違いが増えて、自分で自分を叱っていることが増えた。⑥性欲が殆ど亡くなった。と、まあ枚挙にいとまが無く、実感として「老いたなー」と感じ、こうして人は歳をとり、少しずつ肉体の滅びに向かって進んでいるのだなとり思う。いわゆる死の準備が進んでいると言うことか。まあ事故の事もありこの先あと何年生きられるか?この山里での一人暮らしも後何年出来るだろうかと考えるようになった。

加えて今年は天候不順等あり全ての野菜に亘って出来が悪く、果物も今ひとつだと言われる。キノコもこの秋はほとんど出ず、地元の人の口癖で「毒キノコもありゃせん」と言われる。そんな中猿の被害だけは昨年に増して発生している。春の椎茸、玉ねぎに始まり、枝豆、ナス、トマト、とうもろこしとキリがない。連れて作物を作るのも嫌になってくるくらいであった。

ただ一つ、ゴルフの飛距離が伸びたこと。が良かったことだろうか?みんな同年代の仲間は「飛ばなくなった、昔に比べて本当に飛ばなくなった。」が定番だが、ここ10数年にわたって肩甲骨周り、腰の捻転等のストレッチを続けて来た成果に加え、スウィングも改造に心掛けてクラブを振り切れるようになって来た。コースにティショットの目安になるゼブラの杭がティーグランドから240ydくらいのところにあるのだが、先日もそのゼブラ杭を20〜30yd超えて行くショットが何本かあって、非常に気持ちよかった。まあ煩悩の欲に対する満足感ですがね。

これら全てを合わせた実感として何か将来に不安を感じる73歳である。この先を見通しても良いことより悪い事の方が容易に想像される。話が飛ぶが思わず聖書に出てくる「名声は香油にまさる。 死ぬ日は生まれる日にまさる。」コヘレトの言葉‬ ‭7‬:‭1‬ が頭をよぎる。確かに人は生まれた日から一歩一歩死に向かって進んでいく。その道中もちろん楽しい事もあるが苦しい事、病気等よからぬ事も多い。特に歳を取るに従って病気だの怪我だの悪いことが増えてくる。それも死んでしまえば全てが終わる。どんなに苦しい日々が続いたとしても死ねば全てから解放される。それが最終の救いかも。

そんな今年の山里での一人暮らしでした。