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2021年12月

2021年12月28日 (火)

悲しい知らせ

今日は遅ばせながら年賀状を書いた。今では断捨離で10枚しか書かない。その後で訃報が届いた。確か私より2歳ほど先輩だった友人からだから、73、4歳くらいになる先輩からで、その中には41歳の娘さんが今年亡くなったとある。毎日この世に起こるニュースを見て「諸行無常」明日のことは誰も分からないと思いますが、こうして身近に友人からの訃報を見るにつけ、本当に明日のことはわからないと実感する。自分の子供が親より早くこの世を去る悲しみは、親にとって如何許りかと推測する。年の瀬に本当に悲しいニュースでした。ご冥福をお祈りします。

三屋清左衛門残日記=藤沢周平

三屋清左衛門残日記

久しぶりに三屋清左衛門残日記を見た。勿論こんなドラマのような世界があったとは思いませんが、何か武士の時代にはこのような生き方、人間同士の結びつき、心の交流があったかも知れないと羨ましくなる。現代社会にはほとんど失われた世界のように思われる。侍同士、男と女、父と子、嫁の在り方、全てに今とは違う世界。ああ、こんな男の友人、女の友人がいたらどんなに楽しく喜ばしいことだろうと思って見ました。この世で味わうことのできる可能性があるかもしれない(まあ、現代では無理だと思われるが…)至福の時だろう。

「士は汝自身を知る者のために死ぬ」と言われ、隠居に入って尚気高く生きる男が気高い心を持った女性と節度ある交流をする。お互いに自分の思いに耐えながら心は通い合うそんな情愛。みんな夢のような話であるが羨ましい藤沢周平の世界でした。

2021年12月25日 (土)

クリスマス(Ⅱ)

今夜は我が家もクリスマス!鶏肉、サラダ、ハム盛り合わせ、チーズ盛り合わせ、パンプキンスープ、ケーキ、なぜかカキフライ、シャンパン、プレゼントが行き交う。豊かな、本当に豊かなこの世的な幸せなクリスマス。孫は四つも五つもプレゼントを貰う。本当に恵まれたこの世的なクリスマス!私は、一人お祈りを捧げてから食事をいただく。試しに「俺のお袋は明日命日です。イエス様と同じ33歳でこの世を去りました。」と言ってみる。みんな「ふーん」と言うだけ。この豊かさの前になぜか気持ちが落ち込むわたし、これがクリスチャンホームだったらどうなんだろう?きっともっと細やかに慎ましく食卓を整え、お祈りをして、イエス様に想いを馳せながら静かに食事をいただくのでしょうか?話題もイエス様のこと、神様のこと、日々の恵みに感謝のことなど話しながら。でもその心には静かな喜び、平安がある、感謝がある。この世的な家庭で一人だけクリスチャン!毎年ですが、どうにも辛いクリスマスです。でもそのような中にあっても尚十字架のイエス様を見つめて一日一日を生きていきたい、信心深い生活を送ることができますようにと祈ります。

クリスマス

「それゆえ、わたしの主が御自らあなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産みその名をインマヌエルと呼ぶ。」イザヤ7:14 「マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。」ルカ2:7

今日はクリスマス、日本では年末の大イベント、クリスマス商戦真っ只中、みんなケーキと鶏肉を食べ、プレゼントの交換をする。クリスマスの何かも、イエスキリストの何かもお構いなしに踊っている。2千年前キリストは馬小屋で生まれたと言われている。私の心は馬小屋のように汚れており、その私の心の中に生まれてくださった。この心を清くしてくださるため。そして今、イエス様の霊が聖霊として私の内に住んで下さった。生まれながらの罪深い人間を生まれ変わらせ生かしてくださる。イエスは33年後、その私の山ほどの罪の贖いのため神に生贄としてご自分を捧げ、私の罪を贖って下さった。神はその一人子イエスを、私のようなつまらない罪深い人間を救う為、その命を召された。その愛に感謝をしながらもその愛に応えられていない自分を悔やみます。

奇しくもまた明日はイエスと同じ33歳でこの世を去った私の母の命日でもあります。

クリスマスの夜、イエスの誕生を感謝し、神の愛に感謝して慎ましくお祝いして祈りを捧げます。

「全ての兄弟姉妹の心に、私たちの父である神と、主イエスキリストからの恵と平和が豊かに与えられますように。アーメン!」

2021年12月18日 (土)

都会の我が家に戻って!

早いものでこちらに帰って1ヶ月と10日ほどが過ぎました。娘と孫二人が狭い我が家に住み着いて「じいじも」細やかながら幼稚園への送り迎え、お風呂入れなど手伝いながら、毎日が騒がしく暮らしています。なにしろ山奥での一人暮らしに慣れた身には、狭い家に女房以外に3人、土日には旦那も来る、自分の居場所もなくストレスが溜まります。そんな中で11月下旬には息子の長女誕生のお宮参りに大阪へ3泊4日の旅、問題児だった息子も父親になり一生懸命娘の世話をしている姿を見ると「こいつも一人前になったな」と感無量でした。また、昔の絵の仲間の先輩とゴルフもしました。77歳になったその人は、少し認知症が進み、明日の我が身を見るような想いがして複雑です。そして人間ドック、眼医者、気管支拡張症の病院となかなか色々ある。人生の晩年の縮図のような日々でした。人間誰も明日のことは分からない、と言いますがその通りで、これを書いている昨日も大阪でビル火災、多くの人が亡くなりました。皆んな朝病院に行くのにまさか自分が今日、この世での終わりになるとは想像だにせずに行かれたと思いますでも現実はご存じの通りです。でも、歴史は時の流れは、そんな思いを嘲笑うかのように無言で通り過ぎていきます。そしてやがては人の記憶からも消えていきます。そんな人生にあってどう生きるのか?70何年追い求めて来た今の思いは、やっぱり「信仰」何かを信じそれに全てを委ねる、そんなことに徹した暮らしを生きること。これだけかな?と、思う!しかしこの信じ切って全てを委ねる、これが難しい。歎異抄でも言われている「ただ信を要とす」と。ただその信に至った人がどれくらいいるか。😢。