雪が降って15cmくらい積もりました。寒いし外の仕事は出来ないので読書、「歎異抄をひらく」を読みました。今、結構売れている本のようですが。阿弥陀様を信じて南無阿弥陀仏と唱えるとありました。南無とは自分を捨て、信じて、全てをお任せして、委ね切ると言うことかと。誰にと言えば阿弥陀様に。人間は煩悩の塊で自分の力で救いには至れないと知り(自力を捨て)阿弥陀様に頼り切ってゆく(他力)と言うことでしょうか。
有名な「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。」も、昔読んだが今ひとつ理解できないでいました。ここでの思い違いは、善人と読んで、私はまあこの部類だと思い、悪人と読んで犯罪を犯したような悪人と思っていたことでした。然るに親鸞は9歳で比叡山に登り29歳まで修行一筋の人、その親鸞が、自分はどうやっても、どんなに修行しても、罪(煩悩)から逃れ救われることはないと諦めて比叡山を降りたとか。そのレベルでは人は皆悪人であり、キリスト教的に言えば罪人である。義人、1人だになし。と言われる。それなら私も勿論悪人であった。 そしてここで言う善人とは自分の力で往生を遂げられると思う人の事であり、しかしそれは結局無理なことであり、そのような人でも自力での救いを諦めて阿弥陀様のもとに来れば救われると。従って善人でも救われる。まして悪人は自分の弱さ、無力さを嫌と言うほど知っている輩に付き一にも二にも阿弥陀様を頼って行く、それ故に善人よりなお救いに近いと言うことでしょうか。そして何より重要なことは阿弥陀様の本願を信じ切る、と言うことでしょうか。キリスト教と考えが割と似ており人間の本質を見る目もよく似ていると思いました。浄土真宗では「南無阿弥陀仏」でありキリスト教では「南無キリスト」とでも言うところかなと思いました。キリスト教でも、自分の十字架を背負って(自分の思いを捨てて)わたしに(キリスト)従え、と言い、わたしに従って命を得よ、と言われます。
雪の日の静けさも良いものです。お陰さまで勉強させてもらえました。皆様もお時間があれば歎異抄をひらく、聖書、読んでみてください。これはPRではありません。為念。
昨日、今シーズン初の渓流釣りに行ってきました。2日分くらいの夕飯のおかずをもくろんで行きましたが、水温が低いせいか、はたまた私の腕が悪いのか中位の岩魚、アマゴ各1匹でした。それでも神からの恵みと感謝します。これをサカナに美味しい日本酒を1合いただきたいと思います。「人は沢山のことを自分の思いで計画する。しかし御心に叶うことだけが成る」すべては御心のままに!感謝します。
例年より約1月早く山里暮らしを始めたので少々暇です。試みにタラの芽を7本ほど山から抜いてきて畑に植えました。それからブルーベリーの挿木を20本ほどしてみましたどちらもうまく根がつくと良いのですが…。タラの芽は根を掘り、それを切って埋めておけばその根から木が出てくるようです。ブルーベリーは苗木を買って来ても良いのですが、暇ですので既にある木から挿木用に昨年伸びた枝を切って、更にそれを10㎝程に切り分けて挿木にしました。せめて5、6本でも根がつくと良いのですがブルーベリーは一本の木でかなり収穫できますので将来は自家製生食、ジャムが出来ると嬉しいです。
左の写真がブルーベリーを発泡スチロールの入れ物に挿木したものです。右側はタラの芽を取り敢えず畑の隅に苗木で植えたものと、地中に根を植えたところです。タラの芽の一番奥に畑にブルーベリーの挿木をしました。右奥のミニハウスはネギを種まきして入れてあります。
ブログご無沙汰しました。3月20日に山里に戻りました。例年は4月中旬に戻りますが、今年はコロナの関係もあり、持病のある私は都会暮らしは心配で例年より早く戻りました。ここは限界集落へと向かっており、他人と濃厚接触する確率は非常に低いです。唯一買い物でスーパーへ行く時に、人が沢山いるところに出るくらいです。ただ、まだ寒いです。今年は雪が少なく雪は残ってませんが、朝は氷点下になります。本日から2週間、念の為自宅隔離を自主的に行う予定です。ボチボチ、畑の準備やらありますので余り退屈はしないかなと。今日は早速、ネギの種まき、ブルーベリーの挿木など行いました。水、木曜日頃には渓流釣りにも出かけようかな、と考えでます。
今シーズンの山里暮らしスタートです。🤗🎣。